2025年10月28日、甲子園球場。秋の夜風が肌寒く感じる中、1勝1敗で迎えた日本シリーズ第3戦。
聖地・甲子園の声援は最高潮に達していた。虎党が掲げた無数の黄色いタオルが揺れる。
先発は阪神がエース右腕・才木浩人、対するソフトバンクは技巧派サウスポーのモイネロ。
藤川球児監督が選んだのは、シーズンを通して最も安定感を誇った右腕の才木。
その選択は、序盤こそ完璧な立ち上がりで的中したかに見えた。
■初回、4番・佐藤輝の一撃で先制!
甲子園に詰めかけた観衆の心を一気に奮い立たせたのは、やはり主砲・佐藤輝明だった。
1回表、は柳田、周東、柳町を三者凡退に抑える理想的な滑り出し。
そしてその裏の攻撃で、いきなりホークスに襲いかかる。1番・近本はセカンドゴロに倒れたが、2番・中野がライト前ヒットで出塁。森下が三振に倒れた後、打席には4番・サトテル。カウント0-2から3球目を強振すると、打球はライトの頭上を越える。完璧なライトオーバーのタイムリーツーベースとなり、中野がホームイン。阪神が1−0と先制に成功した。藤川監督もベンチ前で力強く拳を握る。この瞬間、甲子園が地鳴りのような歓声に包まれた。藤川監督もベンチ前で力強く拳を握る。
■才木、抜群の安定感で中盤まで圧巻のピッチング
1点の援護をもらった才木は、持ち味のストレートとフォークでソフトバンク打線を翻弄。
2回表には山川に四球を与えたが、栗原を三振、今宮を併殺打に打ち取り、わずか10球でピンチを脱出した。3回も牧原にツーベースこそ許したものの、後続を完璧に封じ無失点で切り抜けた。
ところが4回表、ここまでほぼ完璧だった才木が、初めて甘い球を投じてしまう。
一死から山川にど真ん中のストレートを運ばれ、センターへのソロホームラン。
あっという間に1−1の同点。甲子園の空気が一瞬止まる。
しかしその後、栗原・今宮を連続アウトに切って流れを完全には渡さなかった。
才木の顔に浮かんだ苦笑いは、「まだいける」という自信の表れにも見えた。
その裏、佐藤輝が再び内野安打で出塁し、大山も続いたが、熊谷が空振り三振、坂本がセンターフライで得点ならず。あと一本が出ない展開が続く。それでも、観客の拍手は止まらなかった。
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■6回、柳町のスリーベースが試合を決めた
試合が動いたのは6回表だった。
先頭・柳田がライト前ヒットで出塁。周東が送りバントを決め、一死二塁となる。
ここで打席に入った3番・柳町。2−1からの変化球を完璧に捉えると、打球はライトの頭上を越えフェンス直撃──俊足を飛ばして三塁まで到達するタイムリースリーベース。
ソフトバンクが2−1と勝ち越し。才木はこの瞬間、悔しそうに唇を噛んだ。続く山川を歩かせるが、栗原を併殺打に抑えて最少失点で凌いだ。
ただ、この1球。この一瞬の失投が、最終的に勝敗を分けることになった。
■阪神、再三の好機もあと一本が出ず
6回裏、阪神は森下が8球粘って四球を選び、続く佐藤輝が敬遠で一、二塁の好機。
しかし大山がセンターフライ、代打ヘルナンデスが投ゴロ、坂本がショートフライで無得点。
ベンチの藤川監督は苦笑いを浮かべながらも、選手たちに声をかけ続けた。
7回には小幡の出塁と盗塁で一死三塁の同点機を作るも、近本・中野が連続三振。
8回も島田のヒット、大山の死球で一、三塁としたが、坂本がショートゴロで併殺・・・。
甲子園のファンは立ち上がり、手拍子と「チカモト!ナカノ!」の声援を送るが、あと一本が出なかった。
9回裏、阪神のラストチャンス。
小幡が倒れたあと、代打木浪が四球で出塁。
代走植田を送り、近本がレフト前ヒット! 一、二塁と再び一打同点の場面。
だが、中野がセンターフライ、森下がショートゴロで試合終了。
最後まで食らいつきながら、あと一歩届かず。
阪神は1−2で惜敗した。
■才木の魂の投球──責任感と修正力
この日の才木は、6回途中で降板するまでに被安打6・四球3・失点2という数字。
内容以上に光ったのは、試合中盤以降の粘り強さだった。
6回の柳町の一撃を浴びても、崩れずに山川を歩かせ、次の打者を併殺に仕留める。
精神的な強さは明らかに昨季よりも増していた。
藤川監督も試合後、「あの一発以外は完璧。勝ち星をつけてあげたかった」と才木を労った。
また、捕手・坂本との呼吸も冴えていた。
フォークで空振りを取る場面が多く、特に3回の周東への三振は芸術的。
低めに沈む球でバットの芯を外し続けた。
相手先発・モイネロの緩急に比べ、才木は真っ向勝負で挑んだ。その姿勢にスタンドは何度も拍手を送った。
■攻撃陣の光と影──輝いた佐藤、好機を逃した中軸
攻撃陣では、4番・佐藤輝明が初回に先制タイムリー、4回には内野安打、6回には敬遠と、相手に最も警戒された。
彼のバットから漂う「主砲の存在感」は確かにあった。
一方で、5番・大山は2度の好機で凡退。6回は外野フライに倒れ、8回のデッドボールでも得点に結びつけられず。6番以降の打線もチャンスを作りながら得点できず、1得点止まり。
結果的に、初回の佐藤の一打が全得点となった。
だが、守備面ではエラーゼロ。
特に内野陣の安定感は際立った。小幡の機敏な守備、中野の素早い送球。藤川監督の掲げる「守って勝つ野球」は確実に根付いている。
■藤川監督の采配──迷いなき継投と信頼のリレー
6回、才木が柳町に勝ち越し打を浴びた直後、藤川監督は即座に及川を投入。
及川は栗原を併殺に仕留め、流れを断ち切った。
その後は岩崎、石井の継投で失点ゼロ。
リリーフ陣は8回の満塁ピンチも落ち着いて処理し、試合を壊さなかった。
負け試合の中にも「戦える投手陣」の安定感が光った。
試合後、藤川監督はこう語ったという。
「選手たちは全員が最後まで戦ってくれた。これがシリーズ。1点の重みを痛感した試合だった」
その言葉どおり、選手たちの表情に落胆は少なく、むしろ次戦への闘志がみなぎっていた。
■甲子園の空気が教えてくれた「まだ終わっていない」
1−2の敗戦にもかかわらず、試合後のスタンドでは大きな拍手が鳴り響いた。
「まだ3戦目。ここからや!」──そんな声があちこちから飛んだ。
9回までチャンスを作り続け、最後まで諦めなかった試合内容は、虎キチに「勝てるチーム」の手応えを与えた。
初回に先制した攻撃の再現性、継投の的確さ、そして何より、才木の成長を感じさせる投球。
数字以上に、この試合はチームとしての完成度を示す一戦だった。
たとえスコアが1−2でも、内容は十分に「負けてなお強し」。
翌日の第4戦に向け、甲子園の空気は沈まず、むしろ燃え上がっていた。
■“惜敗”が次への力に変わる夜
この夜、阪神が得たものは勝利こそなかったが、「勝つチームの姿勢」そのものだった。
才木の責任感、佐藤輝の集中力、ベンチの機動的な采配。
そして最後まで声を枯らさずに応援した4万虎キチの大声援。
全員が一体となって戦った結果の1−2。
甲子園に吹いた風は冷たかったが、スタンドの拍手は温かかった。
シリーズはこれで阪神の1勝2敗。だが、流れは決して失われていない。
