阪神自慢のリリーフ陣が、わずか1点を守り抜いた。6月6日、甲子園で行われた日本生命セ・パ交流戦、阪神対楽天の2回戦。阪神は楽天に1-0で勝利し、前夜の悔しさを振り払うような完封リレーで甲子園を沸かせた。スコアボードに刻まれた得点は、阪神の5回裏に入った「1」だけ。だが、その1点には、この日の試合を象徴する濃密な攻防が詰まっていた。
0-0で迎えた5回裏。先頭の8番・熊谷敬宥が、楽天先発・早川隆久から四球を選んだ。ここまで阪神打線は早川の前に、1回に森下翔太の右前打、2回に熊谷の左前打、3回に中野拓夢の中前打を放ちながらも得点には届いていなかった。2回2死一、二塁では村上頌樹が空振り三振。3回1死一塁でも森下が左飛、佐藤輝明が左飛に倒れ、早川攻略の糸口をつかみ切れない。そんな重たい展開で、熊谷の四球は静かに生まれた突破口だった。
続く9番・村上は送りバント。無死一塁からきっちり投前へ転がし、1死二塁とした。打席には1番・立石正広。ルーキーにかかる重圧は小さくなかった。1回は7球粘りながら空振り三振、3回は見逃し三振。早川の前に2打席連続三振を喫していた。それでも、この場面で試合を動かしたのはバットだけではない。1死二塁、立石の打席。熊谷が三塁へスタートを切った。
まさに相手の隙を射抜く三盗だった。二走・熊谷は早川のモーションを見極め、三塁を陥れた。左腕の背後を突くようなスタートで、捕手が送球で刺す余地を与えない完璧な走塁。1死二塁が1死三塁に変わった瞬間、楽天の守備体型は一変した。内野は前進。外野へ大きな当たりを放たなくても、ゴロや詰まった打球で1点が入る形になった。ここで立石が応えた。フルカウントから左前へ運ぶ先制適時打。三遊間を抜けた打球に、三塁から熊谷が生還した。
記録上は立石の左前適時打。しかし、この1点は熊谷が足で半分以上のチャンスをつくったと言っていい。早川は6回107球、5安打1失点、8奪三振。内容だけ見れば、簡単に崩せる投手ではなかった。だからこそ、長打を待つだけではなく、四球、犠打、盗塁、単打を重ねてこじ開けた5回の攻撃には価値があった。阪神らしい粘りと、ベンチの狙いと、選手個々の判断が重なった決勝点。豪快な一発ではない。だが、ロースコアの試合を勝ち切るための教科書のような1点だった。
村上が耐えた6回無失点、ピンチで光ったエースの踏ん張り
この試合のもう一人の主役は、もちろん先発の村上頌樹だった。6回98球、5安打無失点、7奪三振、1四球。序盤から直球、変化球を丁寧に投げ分け、楽天打線に決定打を許さなかった。1回表は渡邊佳明を見逃し三振、辰己涼介を空振り三振、平良竜哉を中飛。いきなり三者凡退で立ち上がった。2回も黒川史陽を遊ゴロ、村林一輝を二ゴロ、マッカスカーを空振り三振。静かな甲子園に、村上のリズムだけが鋭く響いた。
3回表は1死から太田光に左前打を許したが、早川の送りバント失敗で2死一塁。渡邊佳を空振り三振に仕留めた。4回は先頭の辰己に二塁内野安打を許したものの、平良を二ゴロ、黒川を二ゴロ、村林を空振り三振。走者を出しても表情を崩さず、淡々とアウトを積み重ねた。打線が早川を攻めあぐねる中、村上もまた一歩も譲らなかった。
最大の山場は5回表だった。先頭のマッカスカーに中前打を浴び、中島大輔には四球。無死一、二塁のピンチを背負った。ここで太田を空振り三振。続く早川には犠打を決められ、2死二、三塁となった。先制点を許せば、一気に試合の主導権が楽天へ傾きかねない場面。だが、村上は1番・渡邊佳を右飛に打ち取った。楽天の好機を封じた直後の5回裏、熊谷の四球から先制点が生まれた流れを考えれば、この右飛は試合の分岐点だった。
6回表も危なかった。辰己に左前打、平良に左前へのポテン安打を許し、無死一、二塁。ここで4番・黒川を見逃し三振に斬ると、続く村林を遊ゴロ併殺。ショート熊谷からセカンド中野、ファースト大山へ渡る6-4-3でピンチを断った。先制直後の失点を防いだこの併殺は、勝利の重みをさらに増した。1-0の試合で最も難しいのは、取った直後の守りである。村上はそこを無失点で切り抜け、勝利投手の権利を手にしてマウンドを降りた。
楽天打線は7安打を放ちながら無得点。5回、6回、8回と得点圏に走者を進めたが、阪神バッテリーは最後の一本を許さなかった。村上は、初回から三振を奪う力強さを見せながら、ピンチでは打たせて取る冷静さも発揮した。大量援護はない。味方の得点は1点だけ。それでも勝てる投球をする。エースに求められる仕事を、村上は6回のマウンドで見事にやり遂げた。
畠、岩崎、ドリスがつないだ完封リレー 1点差を守る魂の継投
1-0のまま迎えた7回表、阪神ベンチは村上から畠世周へスイッチした。ここからは1球、1アウトの重みが増す時間帯。畠は先頭のマッカスカーを空振り三振、中島を左飛、代打・堀内謙伍を二ゴロに仕留め、三者凡退で流れを渡さなかった。7回裏は楽天も早川から鈴木翔天へ継投。阪神は坂本誠志郎が右飛、熊谷が空振り三振、代打・ディベイニーも空振り三振に倒れた。追加点は奪えない。ならば、守り切るしかない。試合は完全に阪神リリーフ陣の肩へ託された。
8回表は岩崎優がマウンドへ上がった。楽天は鈴木翔天の代打・佐藤直樹が中前打で出塁。渡邊佳が犠打を決め、1死二塁となった。辰己を中飛に打ち取ったが、平良には四球を与え、2死一、二塁。ここで楽天は代打・浅村栄斗を送った。経験も実績もある打者を迎え、甲子園の空気が一段と張り詰める。だが、岩崎は浅村を見逃し三振。低めいっぱいに投げ込んだ一球で、この日最大級の緊迫を断ち切った。
8回裏、阪神は立石が一ゴロ、中野が二ゴロ、森下に代わって入っていた島田海吏が二ゴロ。九谷瑠の前に三者凡退に終わった。追加点を取れないまま、9回表へ。マウンドにはドリス。先頭の村林を空振り三振、マッカスカーを捕邪飛に打ち取って2死。だが、中島に右前打を許し、2死一塁。一発が出れば逆転という場面で、代打・鈴木大地を迎えた。ここでドリスは外角低めの真っすぐで中飛に打ち取り、試合終了。甲子園に1-0勝利の歓声が広がった。
畠は1回14球、無安打無失点、1奪三振。岩崎は1回18球、1安打1四球ながら無失点。ドリスは1回20球、1安打無失点でセーブを挙げた。村上から畠、岩崎、ドリスへ。4投手による完封リレーは、派手な打撃戦とは対極にある、阪神の強さを示す勝ち方だった。守備でも6回表の村林の遊併打、終盤の外野守備固めなど、1点を守るための細部の戦術が積み重なった。
この日は5回2死一塁で森下が空振り三振に倒れた直後、球審への暴言により退場となる場面もあった。森下は1回に右前打を放っていたが、6回表の守備から島田が左翼に入った。想定外のアクシデントが起きても、チーム全体が崩れなかったことも見逃せない。1点差の試合で主力打者が途中退場する展開は、流れを相手に渡しかねない。それでも阪神はリリーフ陣が踏ん張り、守備陣が乱れず、最後までスコアボードに楽天の「1」を灯させなかった。
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打線は5安打でも勝った 苦しい試合を拾う価値
阪神打線は27打数5安打。立石が4打数1安打1打点、中野が4打数1安打、森下が3打数1安打、髙寺望夢が3打数1安打、熊谷が2打数1安打1四球1盗塁。佐藤輝は右飛、左飛、中飛の3打数無安打。大山は四球、空振り三振、一飛。坂本は空振り三振、捕邪飛、右飛。クリーンアップで得点を奪った試合ではない。むしろ、主軸が決定的な仕事をできない中で、下位打線から好機をつくり、1番のルーキーが返した試合だった。
1回裏は立石が空振り三振、中野が左飛の後、森下が右前打で出たが、佐藤輝が右飛。2回裏は大山の四球から髙寺、坂本が連続三振。2死一塁から熊谷が左前打を放ち一、二塁としたが、村上が空振り三振。3回裏は中野の中前打を生かせず、森下が左飛、佐藤輝が左飛。4回裏は大山、髙寺、坂本が三者凡退。こうして振り返ると、早川の投球は十分に阪神打線を苦しめていた。だからこそ、5回裏のワンチャンスを逃さなかった価値は大きい。
別の視点で見れば、この試合は阪神打線の課題も浮き彫りにした。長打で一気に流れを変える展開ではなく、得点圏で確実に一本を出せるかどうかに勝敗がかかる。1番に入った立石には荷が重い場面もあるが、この日は2打席連続三振の後に決勝打を放った。新人にとって、試合の中で修正し、勝負どころで結果を出すことは何より大きい。熊谷の三盗によって前進守備を引き出し、ヒットゾーンが生まれたことも事実だが、最後に三遊間を抜いたのは立石のバットだった。
楽天は31打数7安打。辰己が4打数2安打、平良が3打数1安打1四球、マッカスカーが4打数1安打、中島が3打数1安打1四球、太田が2打数1安打、佐藤直が代打で中前打を放った。5回は無死一、二塁から太田が空振り三振、早川の犠打で2死二、三塁としたが渡邊佳が右飛。6回は無死一、二塁から黒川が見逃し三振、村林が遊併打。8回は2死一、二塁で代打・浅村が見逃し三振。阪神にとっては、相手の拙攻にも助けられたが、それを無失点で終わらせた投手陣の集中力こそ勝因だった。
派手な快勝ではない。だが、こういう試合を拾えるチームは強い。1点を取るまでの過程に、熊谷の選球眼、村上の犠打、熊谷の三盗、立石の勝負強さがあった。1点を守る過程に、村上の粘投、畠の三者凡退、岩崎の代打・浅村斬り、ドリスの締めがあった。阪神は5安打で1点。楽天は7安打で0点。数字だけなら楽天が押していた時間帯もあったが、勝負どころを制したのは阪神だった。
前夜の敗戦から一夜、甲子園で見せた1-0の勝利は、単なる白星以上の意味を持つ。打線が爆発しなくても、走塁で局面を変え、若虎が決め、投手陣が守る。熊谷の足が相手バッテリーを揺さぶり、立石の一打が均衡を破り、村上を中心とした投手陣が最後まで虎の1点を守り抜いた。6月6日の甲子園に残ったのは、スコア以上に濃い勝利の余韻だった。
