甲子園に張りつめた空気が漂った。
7月21日に行われたDeNAとの12回戦は、わずか3点しか入らない息詰まる投手戦。延長11回、高寺望夢のサヨナラ二塁打で阪神が2―1の劇的勝利を飾ったが、その勝利の土台を築いたのは、先発・下村海翔の粘り強い投球だった。
阪神の先発マウンドを任された下村は、初回から落ち着いた立ち上がりを披露する。先頭・勝又を一ゴロに打ち取ると、続く牧を空振り三振。最後は佐野を二ゴロに仕留め、わずか10球で三者凡退。テンポ良く試合へ入り、甲子園の空気を自分のものにした。
その裏、阪神打線は中野拓夢が遊撃への内野安打で出塁したものの、森下翔太が右翼飛、佐藤輝明が中飛に倒れ無得点。両投手ともリズムの良い立ち上がりとなり、序盤からロースコアの展開を予感させた。
2回も下村の勢いは衰えない。度会を見逃し三振、筒香嘉智を左飛、蝦名達夫を三ゴロに打ち取り、この回も三者凡退。一方の阪神は、大山悠輔の中前打、元山飛優の左前打で一、二塁の好機を作る。しかし坂本誠志郎、下村がともに見逃し三振。絶好の先制機を逃し、先発・篠木健太郎を攻略しきれなかった。
3回も試合の流れは変わらない。下村は宮下朝陽を遊飛、戸柱恭孝を遊ゴロ、篠木を空振り三振。3イニング連続で無四球投球を続け、DeNA打線にほとんど付け入る隙を与えない。
対する阪神打線は3回、中野、森下までが凡退。篠木もまた持ち味を発揮し、互いに譲らない投手戦の色合いが濃くなっていった。
均衡が破れたのは4回だった。
先頭の勝又を二ゴロに打ち取り、簡単に1死を奪った下村。しかし続く牧に対し、フルカウントから投じた一球を完璧に捉えられる。打球は高々と舞い上がり、そのままレフトスタンドへ。15号ソロ本塁打となり、DeNAが試合の均衡を破った。
それでも下村は動じない。
直後に佐野へ右翼前打を許したものの、度会を左飛、筒香を見逃し三振。追加点を与えず最少失点で踏みとどまり、ベンチへ戻る姿からは先発投手としての成長が感じられた。
援護が欲しい阪神打線だったが、その裏は佐藤が空振り三振、大山が二飛、立石正広も空振り三振。篠木の前に三者凡退に終わり、試合はなおもDeNAの1点リードで中盤へ入る。
迎えた5回表、下村は再び踏ん張りどころを迎える。
蝦名を8球粘られながらも空振り三振に仕留めると、宮下を二ゴロ。2死から戸柱に右翼線への二塁打を浴び、得点圏へ走者を背負う。それでも投手・篠木を空振り三振。要所でギアを上げる投球を見せ、流れを完全には渡さなかった。
すると、その裏だった。
先頭の元山が四球を選び、坂本が左翼線への鮮やかな二塁打。無死二、三塁という、この日最大のチャンスが訪れる。
打席には下村。
送りバントではなく、そのまま打席へ向かうと、放った打球は遊撃へのゴロ。併殺を狙うには難しい打球となり、その間に三塁走者・元山が本塁へ生還。阪神がついに1―1の同点に追いついた。
プロ入り後初打点。
投げるだけではなく、自らのバットでも試合を振り出しへ戻した一打は、この試合の流れを大きく引き寄せる一打となった。
なおも近本の二ゴロで走者が入れ替わり、中野が右翼前打でつないだが、森下は中飛。勝ち越しこそならなかったものの、甲子園全体の雰囲気は確実に阪神へ傾き始めていた。
下村は6回もマウンドへ上がる。
先頭・勝又に内野安打を許し、暴投で無死二塁というこの日最大のピンチを迎える。さらに佐野の遊ゴロで2死三塁となり、一打勝ち越しの場面で打席には度会。
ここで阪神ベンチはマウンドへ集まり、間を取った。
下村は最後まで冷静だった。度会を一ゴロに打ち取り、勝ち越しを許さない。6回を投げ切り、被安打4、奪三振7、失点は牧のソロ本塁打による1点だけ。先発として十分すぎる内容で役目を果たし、ブルペンへバトンを託した。
工藤、岩崎、ドリス、木下の盤石リレーで勝機呼び込む
6回を1失点で投げ終えた下村がベンチへ戻ると、試合はここからブルペン陣の真価が問われる展開となった。
同点のまま迎えた7回。藤川球児監督は迷うことなく工藤泰成を送り込む。同時に左翼には下村に代わって高寺望夢が入り、試合は終盤の総力戦へ突入した。
工藤は先頭の筒香嘉智を難なく左飛に打ち取ると、蝦名達夫を遊ゴロ。あっという間に2死までこぎ着ける。宮下朝陽には右翼前へ運ばれ、この日初めて走者を背負ったものの、最後は戸柱恭孝を空振り三振。150キロを超える力強い直球で押し込み、DeNA打線に流れを渡さなかった。
すると、その裏の阪神にも勝ち越しのチャンスが巡ってくる。
DeNAは3番手・マルセリーノから浜地真澄へスイッチ。阪神は先頭の元山が空振り三振に倒れ、坂本も一邪飛に終わり二死。ここで打席に立ったのが、守備から途中出場した高寺だった。高寺は初球から積極的に振っていったが、最後は二ゴロ。勝ち越し点は奪えず、試合はなおも1―1のまま進んでいく。
8回も工藤が続投した。
DeNAは投手・浜地に代えて代打・梶原昂希を送り勝負を仕掛ける。しかし工藤は梶原を投ゴロ、勝又を二ゴロ、そして一発を放っている牧も右翼飛。わずか3人で料理し、2イニングを無失点で終えた。
先発・下村から受け継いだ流れをまったく崩さない投球だった。
一方、その裏の阪神は伊勢大夢攻略へ挑む。
近本光司は遊ゴロに倒れたが、この日ここまで2安打の中野が再び左前打で出塁。続く森下は中飛となったものの、佐藤輝明の打席で伊勢が暴投。二塁へ進んだ中野を警戒したDeNAは、一塁が空いていたこともあり佐藤を申告敬遠で歩かせる。
二死一、二塁。
打席には大山悠輔。
甲子園が大きく沸く絶好機だったが、大山は見逃し三振。阪神はこの試合何度目かの勝ち越し機を逃し、ベンチには悔しさが残った。
それでも阪神の救援陣は動じない。
9回、マウンドへ上がったのは守護神・岩崎優。
先頭の佐野を空振り三振。続く度会を遊飛、最後は筒香をボテボテの三ゴロに打ち取り、三者凡退。筒香の打球は際どいタイミングとなり、DeNAはリクエストを要求したが判定は覆らずアウト。岩崎はわずか6球で役割を終え、試合を延長へ持ち込む準備を整えた。
その裏、阪神も最後の攻撃へ。
代打・福島圭音が空振り三振。元山も岩田将貴の前に空振り三振。そして坂本も空振り三振に倒れ、三者連続三振。DeNA救援陣も一歩も引かず、勝負は延長戦へ突入した。
延長10回。
阪神はドリスをマウンドへ送る。
先頭・蝦名を空振り三振。宮下も空振り三振。そして戸柱を遊ゴロに打ち取り、こちらも三者凡退。力のある直球を軸に危なげない投球を披露し、甲子園の空気を再び阪神へ引き寄せた。
その裏には、この試合最大級ともいえる好機が訪れる。
先頭・高寺は空振り三振に倒れたが、近本が四球で出塁。さらに中野が痛烈な遊撃内野安打でつなぎ、一死一、二塁となる。
森下は左飛に倒れたものの、続く佐藤が四球を選んで満塁。4万2642人の視線が大山に注がれた。
ここでDeNAは岩田から吉野光樹へスイッチ。大山は粘って勝負に持ち込んだが、最後はワンバウンドする変化球に空振り三振。阪神はこの日最大のサヨナラ機を逃し、球場にはため息が漏れた。
しかし、ベンチの表情に悲観はなかった。
下村が6回1失点で試合を作り、工藤が2回無失点、岩崎が三者凡退、ドリスも三者凡退。投手陣は誰一人として流れを手放していない。
「次の1点を取れば勝てる。」
そんな空気が、延長11回を前に甲子園全体へ静かに広がっていた。
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土壇場で迎えた最大のピンチ 木下里都が気迫の火消し、流れを渡さず
延長10回裏、二死満塁の絶好機を逃した阪神。それでもベンチに落胆の色は薄かった。
この試合を通して阪神投手陣はDeNA打線をわずか5安打に抑え込み、試合の流れは決して相手へ傾いてはいなかった。だからこそ、迎えた延長11回表。このイニングを無失点で切り抜ければ、勝利の可能性は十分に残されていた。
藤川球児監督が最後の切り札として送り出したのは木下里都だった。
先頭打者は代打・宮﨑敏郎。
代打起用に応えたい宮﨑は粘りを見せ、木下はフルカウントの末に四球を与えてしまう。いきなり無死一塁。阪神ベンチに緊張が走る立ち上がりとなった。
続く勝又温史は送りバントを選択。きっちりと決められ、一死二塁。サヨナラ勝ちを狙う阪神にとっては、最も避けたい得点圏に走者を背負う展開となる。
ここで打席には、この日唯一の得点となる先制15号ソロを放っていた牧秀悟。
一振りで試合が決まる可能性がある場面だった。
阪神ベンチが選んだのは勝負を避ける選択だった。
牧を敬遠。
一死一、二塁と塁は埋まったものの、長打を封じることを優先した采配だった。
するとDeNAは積極策に打って出る。
佐野恵太の打席で、一塁走者・牧、二塁走者・三森がスタート。ダブルスチールが成功し、一死二、三塁へと好機を広げる。
球場は一瞬静まり返った。
DeNAにとっては、あと一本で勝ち越し。
阪神にとっては、この試合最大の正念場だった。
それでも木下は動じない。
佐野に対して力強く腕を振り続けると、最後は空振り三振。高めの直球で押し込み、二死までこぎ着けた。
なおも二、三塁。
続く打者は度会隆輝。
木下は慎重に攻めたが、死球を与えてしまい満塁となる。
一打勝ち越し。
これ以上ないほど重苦しい空気が甲子園を包み込んだ。
打席には筒香嘉智。
経験豊富な強打者が迎える勝負どころだった。
しかし木下は最後まで攻めの姿勢を崩さない。
追い込んでから力のあるボールで押し込み、最後は空振り三振。
右拳を握り締めながらベンチへ戻る木下に、甲子園から大きな拍手が降り注いだ。
無死一塁から始まり、一死二、三塁、二死満塁。
幾度も失点の危機を迎えながら、最後まで本塁だけは踏ませなかった価値は計り知れない。
この無失点がなければ、その裏の劇的な結末も生まれてはいなかった。
そして延長11回裏。
DeNAも最後の継投に踏み切る。
吉野光樹に代わり宮城滝太がマウンドへ上がると、同時に守備も変更。柴田竜拓が三塁へ入り、度会が右翼から左翼、蝦名が中堅から右翼へ回り、代走で出場していた三森が中堅に入った。
阪神も木下に代えて代打・濱田太貴を送り勝負へ出る。
だが、その濱田は空振り三振。
先頭打者が倒れ、流れは再びDeNAへ傾きかける。
それでも、この日の阪神には簡単には終わらない粘りがあった。
続く元山飛優が宮城の直球を捉え、レフト前へ運ぶ。この試合2本目となる安打で出塁すると、一塁には代走・熊谷敬宥が送られる。
ベンチは迷わず勝負に出た。
坂本誠志郎が初球から送りバントを決め、熊谷は二塁へ。
二死二塁。
打席へ向かったのは、この回が3打席目となる高寺望夢だった。
途中出場ながら、この一打席が試合のすべてを決めることになる。
途中出場・高寺望夢が決めた 執念でつかんだサヨナラ勝利
二死二塁――。
延長11回裏、甲子園に詰めかけた4万2642人の視線が、高寺望夢へと集まった。
この日、高寺は7回の守備から途中出場。初打席は二ゴロ、10回の第2打席は空振り三振と結果を残せずにいた。それでも藤川球児監督は最後まで起用を続けた。
その期待に応える舞台が、試合の最後に用意されていた。
二死二塁、打席には高寺。
マウンドには8人目の宮城滝太。
カウント1―0。
宮城の2球目を、高寺は迷いなく振り抜いた。
打球は鋭くセンター方向へ伸びる。
前進していた中堅・三森も追いつけない。
打球はそのまま外野を破り、二塁走者・熊谷が一気に本塁へ滑り込む。
サヨナラ――。
熊谷がホームを踏んだ瞬間、高寺は一塁ベース上で拳を握り締めた。ベンチを飛び出したナインが歓喜の輪を作り、甲子園はこの日一番の大歓声に包まれた。
途中出場の高寺が放った値千金の一打。
試合時間4時間5分、延長11回にも及んだ熱戦は、最後の最後で阪神に軍配が上がった。
この勝利は、決して高寺一人の力だけでもたらされたものではない。
先発・下村海翔は6回4安打1失点。失点は牧秀悟に浴びたソロ本塁打だけで、7奪三振と力強い投球を見せた。さらに打席では5回無死二、三塁から遊ゴロの間に三塁走者を迎え入れ、自らプロ初打点を記録。投打にわたって試合を支えた。
救援陣も見事だった。
7、8回を工藤泰成が2イニング無失点。9回は岩崎優が三者凡退で締め、10回はドリスが危なげなく3人で片付ける。そして11回、木下里都は無死一塁から始まった大ピンチをしのぎ切り、二死満塁で筒香嘉智を空振り三振。勝ち越しを許さず、その裏のサヨナラ劇へと流れをつないだ。
投手陣5人で被安打5、奪三振13。
わずか1失点に抑えたリレーは、この試合最大の勝因だった。
打線では中野拓夢が5打数4安打と孤軍奮闘。初回の内野安打から始まり、5回、8回、10回とすべて得点機を演出し、最後まで相手バッテリーへ圧力をかけ続けた。元山飛優も2安打1四球で何度もチャンスメークし、11回には決勝点につながるレフト前打を放った。
坂本誠志郎も5回の左翼線二塁打で同点機をつくり、11回には送りバントをきっちり成功。派手な数字には表れないものの、勝利を呼び込む重要な仕事を果たした。
一方でDeNAも最後まで阪神を苦しめた。
先発・篠木健太郎は4回2/3を1失点と力投し、救援陣も松本凌、マルセリーノ、浜地真澄、伊勢大夢、岩田将貴、吉野光樹と小刻みにつなぎ、阪神打線へ簡単には決定打を許さなかった。
4回には牧が先制15号ソロを放ち、11回表には代打・宮﨑敏郎の四球を足掛かりに一死二、三塁、さらに二死満塁まで攻め立てるなど、勝機は確かにあった。
しかし、その最大のチャンスを阪神投手陣がしのぎ切ったことで、勝敗の流れは大きく変わった。
勝利投手は木下里都。11回の火消しが高く評価され、今季2勝目を手にした。敗戦投手はサヨナラ打を浴びた宮城滝太。最後の一球が明暗を分ける形となった。
試合後、甲子園に残ったのは歓喜だけではない。
先発が試合をつくり、救援陣が粘り、途中出場の選手が決める――。
延長11回の総力戦を制した阪神は、一人のヒーローだけでは語れない「全員でつかんだ1勝」を積み重ねた。その象徴となったのが、高寺望夢のサヨナラ二塁打だった。
ベンチの期待を背負い、途中出場からわずか3打席目。最後まで巡ってきたチャンスを逃さず、センターを破る一打で試合に終止符を打った背番号67。甲子園を揺らした歓喜の瞬間は、接戦をものにした阪神の粘り強さを象徴するワンシーンとして、今季を振り返る上でも印象深い勝利の記憶となった。
