長く遠かった白星が、ようやく大竹耕太郎の手に戻ってきた。
6月17日、甲子園で行われた交流戦の楽天戦。阪神は10-3で快勝し、先発した大竹は6回3安打無失点、5奪三振、無四球。球数はわずか60球だった。5月2日の巨人戦以来となる今季3勝目。自身の連敗を5で止めたこの1勝は、単に先発投手に白星がついたというだけではない。交流戦で苦しんだチームにとっても、リーグ戦再開へ向かうための空気を変える勝利になった。
大竹が3勝目を挙げることができた最大の要因は、楽天打線の傾向を早い段階でつかみ、初球から主導権を握ったことにある。楽天打線は積極的に振ってくる姿勢が目立った。ならば、漫然とストライクを取りにいくのではなく、初球から意図を持って入る。大竹はその一点を徹底した。ボール球で様子を見るのではなく、打者の反応を見ながら、ストライクゾーンの中でも芯を外す。相手が早いカウントから手を出してくるなら、その積極性を逆に利用する。これが、60球で6回を投げ切る省エネ投球につながった。
数字を見ても、その内容は明確だ。6回を投げて無四球。被安打は3本だけ。三振は5つを奪いながら、奪三振に偏りすぎず、打たせて取る場面も多かった。大竹らしい緩急、コースの出し入れ、打者のタイミングをずらす投球が戻っていた。速球で圧倒するタイプではないからこそ、1球ごとの意味が大きい。カウントを悪くすれば、自分で自分を苦しくする。逆に、先手を取れば、打者は迷いながらバットを出すことになる。この日の大竹は、まさに後者の流れを作れていた。
テンポ良いピッチングが功奏 ピンチも冷静に切り抜ける
立ち上がりも見事だった。初回を三者凡退で切り抜けると、二回、三回も続けて三者凡退。序盤3イニングで楽天に流れを渡さなかったことが、試合全体の主導権を阪神側に引き寄せた。投手がテンポよくアウトを重ねると、守る野手にもリズムが生まれる。攻撃にも、その空気はつながっていく。二回裏、大山悠輔が先制の8号2ラン。大竹が作った静かなリズムに、主砲の一振りが得点という形で応えた。
もちろん、まったく危なげがなかったわけではない。最大の山場は五回だった。2点リードの場面で1死一、三塁。1点を返されれば、楽天に流れが傾きかねない場面だった。ここで大竹が見せたのは、完璧を求めすぎない冷静さだった。無失点にこだわりすぎると、ボール球が増える。四球で満塁にしてしまえば、一気に苦しくなる。大竹は「1点は仕方ない」という考えを持ちながら、最悪の形を避ける投球を選んだ。結果は遊ゴロ併殺。熊谷敬宥の好守もあり、ピンチは一瞬で消えた。
この場面に、大竹の技術力の高さが表れている。大竹は力でねじ伏せる投手ではない。相手打者、走者の状況、点差、味方守備、自分の状態。そのすべてを計算に入れながら、最も失点の確率を下げる道を探る投手だ。五回の併殺は、単なる守備の好プレーではなく、大竹の割り切りと野手への信頼が重なって生まれたアウトだった。
打線の援護に救われる 久々の大量得点に感謝
援護点も大きかった。二回の大山の先制2ランに始まり、六回には高寺望夢のスクイズなどで2点を追加。七回には中野拓夢、森下翔太の連続適時打でリードを広げ、八回にも一挙4点を奪った。阪神は12安打10得点。楽天のミスにも乗じながら、長打と小技を絡めて着実に加点した。大竹にとって、序盤の2点は「守れる点差」となり、中盤以降の追加点は「攻め続けられる余裕」となった。投手の好投が打線にリズムを与え、打線の援護が投手をさらに楽にする。理想的な循環が、この日は久しぶりに成立していた。
ただし、この勝利を単に「打線が打ったから」「相手が崩れたから」と見るのは間違いだ。大竹自身は、この白星が遠かった期間にも、状態を見失わないための作業を続けていた。良かった投球をノートに書き出し、試合前に確認する習慣である。悪かった点を反省するだけでは、投手は迷路に入り込む。大竹は、うまくいった時の感覚を言葉に残し、再現するための材料にしていた。いわば、自分自身の取扱説明書を作り続けていたのだ。
この「大竹ノート」は、3勝目の隠れた要因と言える。自身5連敗という結果だけを見れば、焦りが出てもおかしくない。投球内容が悪くない日でも勝ちがつかないことはある。少しの失投が敗戦に結びつくこともある。そんな時に必要なのは、大きく変える勇気ではなく、変えすぎない勇気でもある。良かった自分を忘れない。勝てなかった期間にも、勝てる要素を積み上げる。その作業があったからこそ、楽天戦で初球の入り、緩急、間合い、割り切りが一本の線でつながった。
さらに興味深いのは、大竹が打席からも投球のヒントを得ている点だ。セ・リーグの投手は打席に立つ。投手にとって打撃は本業ではないが、打席に入れば、打者がどんな球を嫌がるのか、どのタイミングで迷うのかを体感できる。自分が打者の立場になることで、マウンド上の選択肢も増える。楽天戦で見せた初球の入り方、打たせる球の使い方、カウントを支配する意識には、そうした打者目線の蓄積も反映されていたのではないか。
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精神面の安定がピッチングに好影響 崩れない大投手へ
精神面の安定も見逃せない。ミスした仲間に対して普段と変わらない言葉をかける姿勢や、自分の感情をコントロールする力は、大竹の投球スタイルと深く結びついている。マウンド上でイライラが表に出れば、細かな制球や配球の意図は崩れやすい。逆に、味方を信じ、状況を受け入れ、次の1球に集中できれば、打たせて取る投球は生きる。この日の無四球は、技術だけでなく、心の乱れを最小限に抑えた結果でもあった。
藤川球児監督の判断も、勝利の形を整えた。大竹は6回60球と余力を残していたが、七回から継投に入った。球数だけを見れば続投も考えられる。しかし、交流戦最終戦で確実に勝ち切ること、リーグ戦再開を見据えること、大竹に良い形で白星をつけることを考えれば、六回で十分という判断には意味があった。先発が役割を果たし、救援陣がつなぎ、打線が突き放す。チーム全体で勝ちを完成させる形になった。
もう一つ、見落とせないのは、勝敗と投球内容のズレである。今季の大竹は、この試合を終えた時点で3勝5敗という数字だったが、防御率は2点台前半、クオリティースタート率も高い水準を保っていた。つまり、勝ち星が伸びていないからといって、先発としての役割を果たせていなかったわけではない。むしろ、負けが続く中でも大崩れせず、試合を作り続けていた。だからこそ、本人に必要だったのは投球スタイルの全面的な変更ではなく、勝ちにつながる細部の修正だった。
その細部が、楽天戦ではことごとくかみ合った。大竹の投球の軸は、真っすぐの見せ方とチェンジアップを中心とした緩急にある。平均球速だけで勝負するのではなく、同じ腕の振りから速度差を作り、打者の前さばきを狂わせる。さらにツーシームやカットボールを織り交ぜることで、打者に的を絞らせない。球種の多さを見せびらかすのではなく、相手の反応に合わせて必要な球を選ぶ。この日の大竹は、その選択が早く、迷いが少なかった。
特に無四球という結果は、単なる制球の良さ以上の意味を持つ。四球がないということは、楽天に「待てば崩れる」という選択肢を与えなかったということでもある。打ちにいけば芯を外され、見逃せばカウントを取られる。打者側から見れば、非常に嫌な投球だったはずだ。三振を奪う場面と、早いカウントでゴロやフライに仕留める場面のバランスも良かった。これにより、阪神の守備時間は短くなり、攻撃へ向かうテンポも保たれた。
バッテリーの息もピッタリ 坂本の好配球に応え続けた
また、この勝利には捕手との呼吸も欠かせない。大竹のような投手は、1球の選択で打者の見え方を変える。内外、高低、速い遅い、見せ球と勝負球。その組み合わせが少しズレるだけで、持ち味は半減する。楽天戦では、序盤から大竹がリズムに乗り、捕手の坂本もその反応を見ながら配球を組み立てた。60球という少ない球数は、大竹ひとりの制球だけでなく、バッテリーとして打者の狙いを外し続けた結果でもある。
この試合の大竹は、勝つために必要なことを最短距離で選んでいた。力を入れる場面、打たせる場面、割り切る場面、野手に任せる場面。その切り替えに迷いがなかった。だからこそ、6回を終えた時点でまだ60球という余裕が残った。勝ち星が遠かった投手が、焦って取り返しにいくのではなく、むしろ淡々と自分の型に戻っていく。その姿こそが、この3勝目を価値あるものにした。
この試合前までの阪神は、交流戦で苦しんでいた。西武、ソフトバンク、日本ハムに勝てず、チームとして重たい空気もあった。だからこそ、最終戦での快勝には数字以上の価値がある。大竹の3勝目は、自身の連敗ストップであると同時に、チームが「まだ前に進める」と確認するための1勝でもあった。10得点の打線、無失点の先発、要所の守備、小技を絡めた追加点。悪い流れを断ち切るために必要な要素が、ようやく同じ日にそろった。
大竹にとって、この3勝目は派手な復活劇というより、地道な準備が報われた勝利だった。初球から意図を持つこと。四球を出さないこと。ピンチで満点を狙いすぎないこと。味方を信じること。良かった自分をノートに残し、試合前に呼び戻すこと。打席に立つ経験さえも投球に変換すること。そうした小さな要素が積み重なり、6回60球無失点という美しい数字になった。
長いトンネルを抜けた大竹は、お立ち台で前向きな言葉を残した。ここから勝ちを重ねていきたい。その思いは、決して勢いだけの言葉ではない。この日の投球には、次につながる根拠があった。阪神がリーグ戦再開後に再び上昇していくためにも、大竹のように試合を落ち着かせ、流れを呼び込める先発の存在は欠かせない。
3勝目の要因は、ひとつではない。楽天打線への対応、初球の意識、無四球の制球、ピンチでの割り切り、野手との信頼、打線の援護、そして勝てない期間にも崩れなかった準備。そのすべてが重なったからこそ、大竹耕太郎はようやく白星を取り戻した。阪神にとっても、大竹にとっても、この1勝は単なる交流戦最終戦の勝利ではない。苦しい時間の先に、もう一度自分たちの野球を思い出すための、大きなきっかけとなる1勝だった。

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