虎の左腕が、またひとつ歴史を動かした。
阪神は6月21日、横浜スタジアムでDeNAと対戦し、2-1で競り勝った。主役はもちろん髙橋遥人。9回を109球、5安打1失点、6奪三振、1四球。大量援護ではない。味方の失策も絡む。終盤には1点差まで迫られる。それでも最後までマウンドを譲らず、開幕から無傷の9連勝を、自らの腕で完投勝利に仕上げた。今季5度目の完投。うち4度は完封という圧巻の数字を残してきた左腕にとって、この日の1失点完投は、派手さだけでは測れない価値があった。
試合後、髙橋は開幕9連勝について「たまたまです。マジで。でも今日はよくやれたのかな」と照れをにじませた。だが、たまたまで片づけられる内容ではない。初回、先頭の勝又に二塁内野安打、続く牧に左前打を許し、いきなり無死一、二塁を背負った。3番佐野を二ゴロ併殺に仕留め、二死三塁。4番宮﨑を中飛に打ち取り、無失点で滑り出した。この立ち上がりの踏ん張りが、試合全体の空気を決めた。二回も先頭度会を投ゴロに打ち取った後、蝦名の三ゴロを佐藤輝が失策し走者を出したが、松尾を中飛、宮下を捕邪飛。三回は尾形を空振り三振、勝又を投ゴロ。牧に四球を与えたが、佐野を遊飛に封じた。四回は宮﨑を空振り三振、度会を投ゴロ、蝦名を遊ゴロ。五回も松尾を二ゴロ、宮下を三ゴロ、代打・加藤を空振り三振。回を追うごとにテンポを上げ、捕手・伏見が「いつも尻上がり」と表現した通り、序盤のピンチを越えた後は、髙橋らしい粘りと強さが前面に出た。
二つの併殺、低めへの徹底 “髙橋―伏見”が作った勝利の設計図
この日の髙橋の完投を語るうえで欠かせないのが、二度の大きな併殺だ。一度目は初回無死一、二塁の佐野。二ゴロ併殺でDeNAの先制機を断ち切った。二度目は六回一死一、二塁の宮﨑。勝又の二塁内野安打、牧の捕邪飛を挟み、佐野の遊野選で再び得点圏に走者を背負った場面だった。ここで宮﨑を遊ゴロ併殺に仕留めたことが、終盤の1点差勝負を阪神側に引き寄せた。髙橋は真っすぐ、ツーシーム、スライダーを軸に、DeNA打線に的を絞らせなかった。本人もツーシームに助けられたとしながら、それ以外の球も投げられたことを前向きに受け止めている。
捕手・伏見との呼吸も見逃せない。8試合ぶりのスタメンマスクだった伏見は、序盤から髙橋の状態を見極め、低めを丁寧に使った。捕手出身の評論家は、この試合の分岐点としてバッテリーの差を挙げた。髙橋の回転のいい直球を生かしながら、変化球も低く集め、打者の目線を下げさせたことが有効だったという見立てだ。実際、DeNAは三連打を許される場面を作れなかった。七回には一度、試合が動いた。先頭の度会に左前打を浴び、福島の悪送球で度会は二塁へ。続く蝦名の投安で無死一、二塁。松尾の右飛で一死一、三塁となり、ここで阪神は左翼を小野寺に交代した。宮下の投ゴロの間に三塁走者が生還し、1点差。なお二死一塁で代打ヒュンメルを迎えたが、髙橋は空振り三振で流れを切った。八回は勝又を空振り三振、牧を三ゴロ、佐野を二ゴロ。九回も宮﨑を投ゴロ、度会を空振り三振、最後は蝦名を中飛。度会を三振に取った場面では雄たけびを上げ、最後の打球が中堅方向に収まると、背番号29は笑顔で両手を突き上げた。
藤川監督が「髙橋しか取れないゲーム」と評したのは、決して大げさではない。2点しかないリードを、9回まで自分で守り切った。これぞ完投勝利だった。
大山の先制打、髙寺の二塁打 少ない好機を仕留めた打線
打線は派手に打ちまくったわけではない。むしろDeNA先発・尾形の前に、序盤から簡単には崩せなかった。
初回は一死から中野が右前打で出塁し、森下は空振り三振。佐藤輝が右前打で一、三塁に広げたが、大山は空振り三振に倒れ、先制機を逃した。二回は髙寺が右飛、伏見が中前打で出たものの、熊谷が空振り三振、髙橋が左飛。だが三回、虎打線は少ない好機を逃さなかった。先頭の福島は空振り三振に倒れたが、中野が9球粘って四球を選ぶ。森下は二飛。二死一塁から佐藤輝も四球でつなぎ、二死一、二塁。ここで5番・大山が中前へ先制適時打を放った。初回の好機で倒れた主砲が、今度は確実に仕事を果たした。なおも二死一、二塁で、続く髙寺が0-2から右翼への適時二塁打。これで2-0。結果的にこの2点が、髙橋の完投を支える全得点となった。
四回以降、阪神は追加点を奪えなかった。四回は熊谷が中飛、髙橋が遊飛、福島が三飛。五回は中野が四球で出たが、森下の打席中に二盗を試みてアウト。阪神はリクエストを要求したが、判定は変わらなかった。その後、森下が四球、佐藤輝が左飛、大山が見逃し三振。六回はルイーズの前に髙寺が空振り三振、伏見が二ゴロ、熊谷が遊ゴロ。七回は伊勢に対し、髙橋が見逃し三振、福島が遊邪飛、中野が二ゴロ。八回はレイノルズから森下が中前打、大山が四球を選んだが、佐藤輝は左飛、髙寺は中飛、伏見は投飛に倒れた。九回は中川虎から熊谷が四球で出たものの、髙橋のバントは捕併打となり、小野寺も空振り三振。それでも、三回に大山と髙寺が並んで決めた2点が最後まで生きた。
6安打、6四球。決して快勝ではない。だが、勝負どころで中野が粘り、佐藤輝が四球でつなぎ、大山が返し、髙寺が広げる。僅差の試合を勝つために必要な攻撃を、虎は三回表に凝縮した。
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41年ぶり、左腕初、そして単独首位へ 歴史に刻んだ一勝
髙橋の開幕9連勝は、阪神では1985年の中田良弘以来41年ぶりの快挙となった。しかも左腕では球団史上初。さらに、全て先発勝利で開幕9連勝を飾った阪神投手は、1937年秋の御園生崇男以来、球団では89年ぶりの記録とされる。
数字の重みが違う。今季11度目の先発で、甲子園での登板はわずか1度。遠征続きの中でも、髙橋はそれを言い訳にしない。中継ぎや野手も移動しているから、自分だけが大変とは思わない。そう受け止める姿勢も、チームの信頼を集める理由のひとつだ。この日は、横浜での登板としては2020年11月以来、約5年半ぶり。舞台がどこであっても、やるべきことは変わらない。先発として長いイニングを投げ、相手にビッグイニングを作らせず、最後まで勝利を渡さない。今季5度目の完投は両リーグ最多で、6月までに球団投手が5完投を記録するのも近年では珍しいペースだ。
チームはこの勝利で3連勝。セ・リーグ単独首位に立った。DeNA打線は1回、6回、7回と走者をためたが、髙橋は要所を締め続けた。味方の失策が得点につながった七回も、崩れなかった。1点差になっても、九回のマウンドに立った姿に迷いはなかった。宮﨑を投ゴロ、度会を空振り三振、蝦名を中飛。最後まで投げ切ったからこそ、勝利の重みは増した。髙橋は試合後、最後まで苦しい場面がありながら粘って投げ切れたことを喜び、さらにチームに貢献したいという思いを口にした。負けなしの9勝0敗。2桁勝利へ王手をかけたが、この左腕が見ているのは自分の星だけではない。チームが勝つこと。そのために、自分が最後まで投げること。横浜の夜、虎の背番号29はその答えを完投で示した。2-1。スコアだけを見れば紙一重の接戦。しかし、その中身は、髙橋遥人という投手の強さ、しぶとさ、そして今の阪神を象徴する一勝だった。
