2025年10月29日、甲子園球場。
1勝2敗で迎えた日本シリーズ第4戦。負ければ王手をかけられる重要な一戦に、阪神は左腕・髙橋遥人を送り出した。
試合開始直後、髙橋は落ち着き払っていた。
1回表、柳田をセカンドゴロ、周東をショートゴロ、柳町を三振に仕留め、わずか10球で三者凡退。
低めに決まるツーシームとカットボールが冴え、左腕本来のキレを取り戻していた。
藤川球児監督もベンチから小さく頷く。チームに流れを呼ぶ完璧な立ち上がりだった。
一方、1回裏の阪神は、大津のキレのあるストレートに手が出ない。
近本が見逃し三振、中野がセカンドゴロ、森下がレフトフライと、こちらも三者凡退。
静かな立ち上がりは、投手戦の予感を漂わせた。
■2回、山川の一振りに沈黙する甲子園
しかし、沈黙を破ったのはソフトバンクの主砲だった。
2回表、先頭の山川が高めに浮いたストレートを完璧に捉える。
打球は真っすぐセンター方向へ伸び、そのままバックスクリーンに吸い込まれた。
先制のソロホームラン。
一瞬で甲子園の空気が変わる。髙橋は唇を噛み、帽子のツバを深く押さえた。
その後、栗原・野村・牧原を連続で打ち取って最少失点で切り抜けたものの、藤川監督が最も恐れていた「山川の一発」が現実となってしまった。
打線は2回裏、大山のヒットと坂本の四球でチャンスを作るも、小幡がピッチャーゴロに倒れ無得点。初回同様、「あと一本」が出なかった。
■3回、髙橋の粘り──ピンチで見せた執念のゼロ封
3回表、髙橋は味方のミスでピンチを背負う。
8番・海野をセンターフライに打ち取った後、9番・大津にショートへの内野安打を許す。
柳田に死球を与え、一死一二塁。周東の強烈な打球をファースト大山が抑え、一塁アウトの間にランナーが進塁。
二死一三塁とピンチを広げたが、柳町をフルカウントから空振り三振。
髙橋が吠えた。甲子園が揺れた。序盤の山場を、自らの腕で封じた瞬間だった。
その裏、森下のヒットと中野の内野安打でチャンスを作るも、佐藤輝がセンターフライ。
どうしてもあと一押しが足りない。藤川監督は「あと一本」が出ない打線に苦い表情を見せた。
■5回、満塁のピンチで痛恨の犠牲フライ
5回表、試合の流れが再び傾いた。
8番・海野をショートゴロに仕留めたものの、9番・大津に四球を与え、一死一塁。
続く柳田にレフト前ヒット、周東には強烈なピッチャー返しを浴びて満塁。
ここで藤川監督は堪らずマウンドへ。畠世周を緊急登板させた。
畠は柳町に対し、全力で腕を振った。
しかし、2−1からの高めのストレートを捉えられ、レフトへの犠牲フライ。
三塁ランナーがタッチアップでホームインし、0−2。
なおも二死満塁とピンチが続くが、栗原を三振に切って取り、最少失点で切り抜けた。
甲子園のファンは拍手で畠を迎えた。「よう投げたぞ!」──そんな声があちこちから飛ぶ。
藤川監督もベンチで肩を叩き、「お前の魂は届いた」と声をかけたという。
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■6回、代打・近藤に決定打を許す
6回表、髙橋に代わりマウンドに上がった桐敷。
一死から牧原にピッチャー返しの内野安打を浴びると、海野の送りバントで二死二塁。
ここでソフトバンクは代打・近藤健介を投入。
カウント1−0からの2球目、外角のフォークを捉えられライト前へ。
タイムリーヒットで0−3。痛恨の追加点となった。
甲子園の空気が一瞬静まる。
それでもスタンドのファンは、「まだいける!」と手拍子を止めなかった。
藤川監督もベンチの最前列で腕を組み、選手たちを鼓舞するように立ち続けた。
■8回、ついに反撃! 佐藤・大山が意地の一打
7回裏まで無得点に抑え込まれていた阪神だが、8回裏にようやく打線が火を吹く。
先頭・近本がセンター前ヒットで出塁。
続く中野が四球を選び、一、二塁の好機。
森下が三振に倒れるも、4番・佐藤輝明が魅せた。
3−0からの甘い直球を見逃さず、センター前へタイムリーヒット!
ついに1点を返した。
なおも一、三塁で5番・大山。
初球を捉えた打球はセカンドゴロ。しかしその間に三塁走者が生還し、2−3。
一点差に迫った。
甲子園が爆発的な歓声に包まれ、「逆転」の二文字がスタンドを覆う。
藤川監督もベンチでガッツポーズを見せた。
しかし、続く前川はセカンドゴロでチェンジ。
あと一本が出ず、同点には届かなかった。
それでも、沈んでいたスタンドの空気は一変し、「虎の血」が再び騒ぎ始めた瞬間だった。
■9回、最後まで諦めぬ姿勢
9回表は石井大智が登板。
海野・川瀬を連続三振に仕留め、二死から柳田にセンター前ヒットを許すも、
代走・緒方を出したソフトバンクの走塁を許さず、周東をセンターフライに打ち取って無失点。
石井はガッツポーズを見せ、甲子園の拍手を浴びた。
9回裏、阪神のラストチャンス。
代打・髙寺がショートフライ、小幡がファーストゴロ。
二死から代打・木浪が登場。ファウルを粘ったが、最後はセカンドゴロで試合終了。
スコアは2−3。あと一歩届かず、阪神は痛恨の連敗を喫した。
■髙橋遥人、内容は悪くなかった──自責2の粘投
この日の髙橋は、4回1/3を投げて被安打6・奪三振5・与四死球2・自責2。
立ち上がりのテンポと制球力は十分で、特に3回のピンチを無失点で凌いだ集中力は圧巻だった。
だが、山川の一発と満塁からの犠牲フライでの失点が重くのしかかった。
それでも「内容では負けていない」。
藤川監督も「遥人は悪くない。攻撃で流れを作れなかった」と語ったという。
■打線は6安打も、チャンスで決めきれず
阪神打線は6安打2得点。
森下が2安打、近本も2安打で反撃の火をつけた。
佐藤輝は8回のタイムリーで存在感を示し、大山も続いて1打点。
だが、中軸の森下・大山・前川に「長打」が出なかったのが痛かった。
また、3回の二死一三塁や5回の好機を逃したことも響いた。
一方、ソフトバンクは山川の一発に加え、近藤の代打タイムリーと柳町の犠牲フライと、
すべて「勝負所での一打」で得点を重ねた。
阪神が残した残塁数は7。わずか1点の差が、勝敗を分けた。
■救援陣は光明──畠、桐敷、ドリス、石井が粘り
リリーフ陣の奮闘は明るい材料だった。
畠は1回2/3を無失点、桐敷も6回の失点以外は安定、
8回のドリス、9回の石井は完璧な内容。
終盤まで1点差に食い下がれたのは、彼らの粘投があってこそだった。
特に石井のストレートは球威抜群で、周東を空振り三振寸前まで追い込む圧巻のボールを見せた。
■藤川監督のコメントとチームの反応
試合後、藤川監督は報道陣にこう語ったという。
「最後まで諦めなかった。2点を返した攻撃は必ず次につながる」
この言葉どおり、選手たちの表情に悲壮感はなく、
「まだ終わっていない」という空気が漂っていた。
佐藤輝は「絶対に次は勝つ」と短く言い残し、大山も「チームで得点したい」と悔しさをにじませた。
ベンチでは、若手の前川が涙をこらえながらグラブを握りしめていたという。
それほど、この敗戦には重みがあった。
■崖っぷちでも見えた“希望の光”
これで阪神は1勝3敗と王手をかけられた。
だが、2点差をひっくり返しあと一歩まで迫った8回の攻撃は、
「チームの底力」を示す内容だった。
近本と中野の出塁率の高さ、佐藤輝の勝負強さ、森下の積極性。
これらは第5戦以降への確かな希望だ。
甲子園の4万虎キチも試合後、ブーイングではなく大きな拍手で選手たちを送り出した。
「ここからや!」「最後まで信じてるで!」──そんな声が外野席から響き続けた。
虎の物語は、まだ終わっていない。
